経済コラム「日本経済 快刀乱麻」

Vol. 54 大阪・船場の老舗企業の変貌に学ぶ

(2014年8月21日)

私が客員教授をつとめている大阪経済大学では一般のビジネスマンなどを対象にほぼ毎月1回のペースで「北浜・実践経営塾」という講座を開催しています。毎回、さまざまな業界で活躍する経営者をゲスト講師に招いて自社の経営戦略や自らの経営哲学、経験談などを語ってもらっており、私がコーディネーターをつとめています。有力企業の経営者の生の話をじっくり聞ける機会はそうあるものではありませんので、おかげさまで毎回定員を上回る申し込みがあり、好評をいただいています。

先月は住江織物の吉川一三社長をゲスト講師にお呼びし「企業の100年の歴史から学ぶ事」というテーマで講演していただきました。同社の創業は1883年(明治16年)。社名の由来となっている住之江村(現・大阪市住吉区)で手織じゅうたんの製造を始めて以来、130年余りの歴史を誇る老舗企業です。

創業当時の日本はちょうど繊維産業が発展し始めた時期でした。創業から間もない1891年(明治24年)、開設されたばかりの帝国議会議事堂に高級カーペットを納入して、発展の基礎を築きました。現在の国会議事堂にも同社のカーペットが使われており、「赤じゅうたん」と言えば、同社のカーペットとほぼ同義語と言っていいでしょう。

帝国劇場や宝塚大劇場など有名劇場にもカーペットやシート地を納入してきました。また鉄道車両のシートも手がけ、国鉄(現・JR)や大手私鉄に次々とシートを納入してきました。まさに同社は日本の近代化を“足元”で支えてきたと言えます。以来、今日に到るまで一貫してカーペットでは高いシェアを誇っています。私たちは多くの場所で知らず知らずのうちに、住江織物のカーペットやシートの上を歩いたり座ったりしているわけです。

近年では多くの大手繊維メーカーが「脱・繊維」路線をとって繊維の比率を下げていますが、同社の売上高に占める繊維の割合は現在でも90%です。それだけ聞くと、同業他社に比べて後れを取っているように見えるかもしれませんが、そうではありません。繊維事業と言っても、その中身は時代とともに大きく変化しているのです。

戦後は住宅用カーペットやインテリア内装材に進出し、最近では自動車用シートに力を入れています。現在ではすべての自動車メーカーに内装材を納入しており、自動車向けは同社の売上高全体の半分以上に達しています。製造しているのは繊維製品ではありますが、事業としては自動車関連メーカーといってもいいほどです。

日本の自動車メーカーの海外展開に合わせて海外戦略も加速させています。昨年はメキシコに工場を建設、現地に進出した日系自動車メーカーにシートなど内装材を供給する体制を整えました。

講演では吉川社長がこうした歴史を詳しく説明してくれました。この講演の直前にはメキシコの新工場を訪問してきたばかりで、海外出張も頻繁だそうです。

こうしてみると、同社の看板は変わらないものの、時代の変化に対応して事業の中身を変貌させ100年以上の歴史を生き抜いてきたことがよくわかります。そしてその変貌は一貫して、カーペットで培った技術が軸になっており、自動車産業のような成長分野を取り込んでいく――吉川社長の話を聞いていて、まさに老舗企業の知恵がここにあると感じました。

現在、同社が本社を置く船場(大阪市中央区)は江戸時代から繊維問屋などが軒を連ね、明治以降も大阪経済の中心となってきた街ですが、近年はまさに繊維産業の衰退、大阪の地盤沈下が目立っています。しかしそんな中にあって同社はしたたかです。吉川社長は自社の強みを生かして今後はもっと新しい市場・分野にも挑戦していきたいと意欲を語っていました。

日本には100年以上の歴史を持つ老舗企業が多くあり、実は世界の中でも老舗企業が多い国です。しかし多くの老舗企業は今後に不安を抱えているのが実情でしょう。地方にも老舗企業は多く、変化への対応と生き残りを模索しています。住江織物のしたたかな戦略はそのような企業に一つのヒントを与えてくれているような気がします。

ついでに余談を一つ。吉川社長は入社以来、ずっと営業畑を歩んできたのですが、「住江織物では伝統的に技術部門の発言力が強く営業は傍流だった」そうです。しかもその営業部門でも「上司に向かってズケズケものを言うので2回左遷された」そうで、2度目の左遷は子会社への出向でした。そのため吉川さんはここで骨をうずめようと覚悟を決め、子会社の体制強化のために本社に対しさまざまな提言をし、自らも懸命に仕事に取り組みました。ところがそれが評価されて、思いもかけず本社に呼び戻され、取締役、そして社長就任という道をたどったのでした。

まさに世のサラリーマンにとって希望の持てる話です。あきらめずに、与えられた立場と仕事に全力を尽くすことで、自分の道を切り開くことができると教えてくれているようです。同時に、“傍流”の営業出身者で、しかも左遷した人物を社長にしたぐらいですから、この面でも同社は変貌を遂げていたということでしょうか。

*本稿は、株式会社Fanetが運営する資産運用応援サイト「Fanet Money Life」に掲載した原稿(2014年8月18日付け)を加筆修正したものです。

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