Vol. 30 福井・鯖江の眼鏡業界の新たな挑戦
(2013年9月3日)
地方に出かけると、地方経済が疲弊している実態を目の当たりにすることがよくあります。長い間、日本経済の低迷が続く中で、特に地方の地場産業はどこも苦しい状況に置かれています。しかしその中にあっても、苦境を乗り越えようと新しい挑戦を始めた地場産業もあります。その様子を取材していると、こちらも元気付けられます。
その一つが、福井県鯖江市の眼鏡業界です。業界は100年以上の歴史を持ち、鯖江市とその周辺には眼鏡フレーム製造や関連部品メーカーが約700社(個人事業主も含む)集まっています。市内の就業人口の6人に1人は眼鏡産業に従事しているそうで、典型的な地場産業と言えるでしょう。
日本国内の生産シェアは約95%を誇っており、今では主流となったチタンフレームを開発・普及させたことでも知られています。その高い技術力と品質には定評があり、世界中の有名ブランドに眼鏡フレームを供給するなどで、世界シェアも20%を占めています。
しかし最近は、バブル崩壊後の消費低迷に加えて、中国製フレームを使用し低価格品に押されて国内販売のシェアは低下の一方です。それに輸出もこの間の円高で打撃を受けました。消費低迷、中国製品の攻勢、円高の「三重苦」です。このため、業界の生産額はピークだった2000年の4割減に落ち込み、廃業するメーカーも増えているそうです。日本の多くの地場産業の苦境が集約されているような現実です。
しかし数年前から、その苦境を乗り越えようと懸命の努力が始まりました。チャレンジは3つの柱からなっています。
その1つは、高付加価値・高品質製品の開発です。チタンフレームより付加価値の高い眼鏡フレームを開発しようと、あるメーカーは大学と共同でチタンを含む新合金を開発し、商品化に成功しました。チタンより軽くて弾性があり、かけ心地がよいのが特徴です。形状記憶性も持たせて、顔の形状を記憶させフィット感をより高めているのもセールスポイントだそうです。
チタンの3分の1の軽さというマグネシウム合金の開発に取り組んでいるメーカーもあります。いずれも独自の技術を活かして「鯖江ならでは」で勝負しようとしています。素材だけでなく、デザインに磨きをかけることも高付加価値化の重要な柱です。
2つ目は、チタンフレームの生産で培った精密加工技術を他産業に応用することです。眼鏡のフレームは一見すると単純な製品に見えますが、実は製造には約200におよぶ繊細な加工工程があり、そのうえチタンは硬いためもともと加工が難しい素材なので、高い加工技術が必要なのです。その技術を活かして、精密機器や医療分野への進出を図ろうとしています。
第3は、ブランドの強化と販路拡大です。これまで鯖江の眼鏡業界は、有力ブランドや大手小売店などにフレームを供給するOEM生産(相手先ブランドによる生産)が中心だったため、「鯖江」のブランドが表に出る機会が少なく、自力での販売力が弱点でした。そこで業界として統一ブランドを作り、東京都内でのアンテナショップ開店やメディアなどを通じたPRを開始しました。「作る産地から、売る産地へ」への脱皮を図ろうというわけです。
挑戦はまだ始まったばかりですが、ここに、地場産業が活路を切り開いていく上でのヒントがあると思います。アベノミクスで景気は回復してきましたが、日本経済が本格的に復活するには、地方経済の活性化が欠かせません。鯖江のように多くの地場産業や中小企業が元気になっていくことに期待したいものです。
*本稿は、株式会社Fanetが運営する資産運用応援サイト「Fanet Money Life」の「日替わりコラム」に掲載した原稿(8月29日付)を転載したものです。
http://money.fanet.biz/study/2013/08/post-32.html