経済コラム「日本経済 快刀乱麻」

Vol. 1 「震災復興策の“優先順位”に問題あり」

(2011年05月10日)

未曾有の被害をもたらした東日本大震災から2カ月余りが経った。いまだに多くの住民が避難生活を強いられ、がれきの撤去も思うように進んでいない。被災された方々には心からお見舞いを申し上げたい。

第1次補正予算成立したが……

東日本大震災の復旧のための2011年度第1次補正予算が5月2日の参議院本会議で全会一致で可決され成立した。第1次補正予算はがれきの撤去や仮設住宅の建設など当面の復旧費用4兆153億円を盛り込んでおり、これでようやく本格的な復旧策が動き出すことになる。1歩前進であることは間違いない。だが補正予算の中身をよく見ると、それは今後の震災復興策と日本経済再生のあり方にもかかわる重大な問題を含んでいる。

それは第1次補正の財源だ。補正の財源で最も多額となったのは、基礎年金の国庫負担割合を従来の3分の1から2分の1に増やすための財源約2兆5000億円を流用するというものだ。そのほかの主な財源としては、予備費から8100億円を回すほか、子ども手当の上乗せ分をやめて2100億円、高速道路の休日1000円や無料化社会実験を凍結して1000億円などを捻出している。財源捻出のためには本来ならまず子ども手当などマニフェストの全面的な見直しが必要であるにもかかわらず、今回はきわめて部分的なものにとどまった。ところがその一方で、基礎年金の財源からの流用という、年金制度の基本にかかわるような変更をあっさりと実施してしまっているのである。これでは優先順位がまったく逆だ。

「優先順位が逆」なのは、今後の復興策についても同様である。本格的な復興のためには第2次補正、場合によっては第3次補正が必要であり、復興費用は10兆円以上とも数十兆円とも言われている。それでも民主党は今後も子ども手当などをそのままにしておくつもりなのだろうか。震災が起きたことによって政策の優先順位が劇的に変化したにもかかわらず、震災前に作成したマニフェストにいまだにこだわるのはどうしたわけか。子ども手当や高校授業料無償化に使うおカネがあるなら、それを被災地の子どもたちのために使うべきだし、農家の戸別所得補償でバラ巻くより被災地の農家救済のために使うべきだろう。これら民主党のマニフェスト、具体的には子供手当、高校授業料無償化、農家所得補償、高速道路無料化の4つをやめることで、4~5兆円の財源が生み出される。こういう使い道なら、全国の子を持つ親も農家も納得するはずだ。

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心もとない「復興構想会議」

しかし、現実にはマニフェスト見直しにはほとんど手がつけられず、増税論議ばかりが先行しているのである。まさに優先順位が逆だ。そもそも復興のためには、まずどのように復興を進めるかという青写真を示し、そのために何をするのか、そしてそのためには復興費用がいくら必要かという順番のはず。その上で財源が検討され、どうしてもこれだけ足りないということになって初めて増税という話しにならなければおかしい。ところが現実には、まだ復興の青写真さえ出来ていない。

その復興の青写真作りを進めているのが復興構想会議だが、失礼ながらこれがまた何とも心もとない。復興構想会議の五百旗頭議長は4月14日の初会合で増税案を盛り込んだ基本方針を提示し、波紋を呼んだ。復興の青写真づくりをこれから議論しようという初会合で議長がいきなり増税案を出したのだから、前のめりな印象を与えたことは否定できない。しかし肝心の青写真作りの議論の方はどうも拡散気味のようだ。復興構想会議はほぼ週1回のペースで会合を開いているが、議論は文明論から、財源論、被災者支援などに及び、焦点が定まっていない。第3回の会合(4月末)に至って、ある委員が「この会議は何を提言するのか。今のままだと百家争鳴で、方向が見えなくなる」と懸念を表明しているほどだ。このような調子で6月中に提言をまとめることができるのか心配になってくる。

復興構想会議の顔ぶれについても指摘しておきたい。メンバーは地元県知事など東北関係者をはじめ、都市工学や防災の専門家、建築家、政治学者、作家など15人。いずれも優れた実績と高い識見を持つ有識者だが、マクロ経済や金融・財政の専門家が入っていない。下部機関と位置づけられている検討部会も、19人の委員のうち同分野の専門家はわずかに2、3人いるだけだ。財源問題は政府の経済財政運営全体にかかわる事柄であり、もっと専門家の知恵を集めるべきではないだろうか。

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増税は避けるべき――震災復興から日本経済再生を

復興財源の優先順位は、

  • 1. 子供手当などマニフェストと既存予算の見直し
  • 2. 埋蔵金の活用
  • 3. 国債
  • 4. 増税

――であるべきだろう。

①については前述の通り。②に関しては、みんなの党が国債整理基金と雇用保険の特別会計の「埋蔵金」から15兆円を活用するとの提言を発表した。野田財務相は国会答弁で否定的な考えを表明したが、これは考え方においても金額の大きさにおいても十分に検討に値する案だと思う。なぜ埋蔵金活用の議論が盛り上がらないのか不思議でならない。

③の国債については議論の分かれるところだ。これ以上、国債発行を増やすわけにはいかないという主張にも一理ある。しかし①と②をまず十分したうえで、足りない財源を国債でまかなうことはやむを得ないだろう。ただしその場合は、通常の赤字国債とは別建ての特例国債として管理し、日本国債の信認低下に歯止めをかけるような手立てが欠かせない。

だが財源について一つ一つ吟味する前に、論議は早くも増税に傾いているのが現状だ。復興構想会議も5月下旬以降は増税問題について議論するという。各種世論調査によると、「震災復興のための増税」を容認する割合が意外なほど高く、それも増税論の根拠の一つになっているようだ。しかしこれは、復興のために自分も協力したい、多少の負担はやむをえないという善意の気持ちから出てきたものだと思う。多くの人が義援金を寄付したり東北産の商品を購入しているのと通じるものを感じる。だからと言って、それに乗っかって安易に増税に走るのは避けるべきだ。震災によって経済の落ち込みが懸念されているときに増税すれば、日本経済は再生どころか沈没してしまいかねない。震災復興は東北の復興だけでなく、それが日本経済全体の再生につながるものでなくてはならない。財源問題もそのような視点から議論すべきである。

*本稿は、株式会社ペルソンのHPに掲載したコラム原稿(5月10日付け)を一部加筆修正したものです。

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