経済コラム「日本経済 快刀乱麻」

Vol. 10 「現地に見る欧州経済危機(2)~「二つのバブル崩壊」に苦しむスペイン」

(2012年2月2日)

ギリシャに続いて、スペインを訪れたが、こちらもギリシャと同じように街はにぎやかだった。マドリッドの中心街、グラン・ビアは夜遅くまで人の群れであふれ、飲食店はどこも混んでいた。スペインの失業率は22%、若年層では46%という驚異的な高さだが、そのわりに人々の表情は意外と明るく、あまり深刻さを感じさせないのもギリシャと同様だった。

住宅バブルが崩壊――かつての日本と同じ

だが、そうは言っても経済の実態はやはり厳しい。財政危機という点は欧州各国と共通だが、同時にスペイン独自の問題も抱えている。「二つのバブル崩壊」だ。

その一つは住宅バブルの崩壊。スペインでは1990年代後半以降、中南米から移民の流入が急増したことで住宅建設がラッシュとなり、それに加えてユーロ導入後に金利が低下したことなどから住宅バブルが起きた。1997年当時、1m2当たり700ユーロ(現在の為替レート換算で約7万円)だった住宅価格の全国平均は2007年には2100ユーロ(約21万円)と、10年間で3倍にはね上がった。もともとスペインでは「結婚したら家を買うのが普通」(現地関係者)で、持ち家の割合が高いが、この頃には結婚前の若者もローンで家を買うケースが増えたという。しかしリーマン・ショックで住宅バブルは崩壊、住宅平均価格は1700ユーロ(同約17万円)まで下落している(2011年第4四半期)。この間の下落率は約20%に達するが、「まだ下がっている途中」(現地関係者)で、価格下落は長期化しそうな見通しだ。

この影響で金融機関の不良債権が増加し、貸し渋りも起きている。スペイン中央銀行の発表によると、民間金融機関の不良債権比率は7.4%(昨年10月)に達しており、これは日本の不良債権比率のピークだった2002年の8%に匹敵する高水準だ。すでに多くの中小貯蓄銀行が不良債権を抱えて経営難に陥っており、金融機関の再編が始まっている。まさに日本のバブル崩壊時と同じである。

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期待の太陽光発電もバブル崩壊

もう一つが「太陽光発電バブル」の崩壊。「太陽と情熱の国」と言われるだけあって、スペインは太陽光に恵まれており、それを利用した太陽光発電がここ数年で急拡大した。太陽光発電の設備容量は2005年のわずか57MW(メガワット、1MW=1000KW)から2008年には3166MWへと、実に55倍に急増。ドイツに次いで世界第2位の太陽光発電国に躍り出た。スペイン政府が太陽光発電促進のため電力買い取り価格を高く設定したことが後押ししたのだが、これがまさにバブルだった。その電力買い取り価格は市場価格の10倍近い異常な高さとなったという。そのため短期間に設備投資が集中し、中には不動産やホテル業者などが運用利益を求めて投資するケースも出てきた。しかもそれらは右肩上がりの電力需要予測を元にしたものだったが、実際の需要は予測を大きく下回り、現在では電力が余る事態となっている。太陽光発電設備の実際の稼働率は6割程度にとどまっているという。スペインにとって太陽光発電は今後の成長の原動力と期待される分野だけに、そのバブル崩壊は痛手だ。

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新たなライバル・モロッコ

このように「二つのバブル崩壊」がスペインの経済危機をより厳しいものにしている。失業率が欧州で最高を記録しているのも、これが背景だ。当面、財政再建のために歳出削減や増税などを進めざるを得ず、景気回復のためのさらなる財政出動は期待できない。このため経済立て直しの道のりは険しいものがある。

さらにこれに加えて、将来的にスペインの地位をおびやかしかねないライバルが登場してきた。ジブラルタル海峡をはさんだ対岸のモロッコである。スペイン最南端の町・アルへシラスから高速船でわずか1時間、フェリーでも2~3時間で行ける近さ。このような地理的な条件だけでなく、アフリカ大陸の中では比較的豊かであること、資源が豊富なことなども魅力で、投資先として注目を集め始めているのだ。モロッコ政府も外国企業の誘致に力を入れており、日本からも商社や自動車部品メーカーなどが進出を始めている。

スペインはこれまで独仏などと比べると労働コストが低い一方で、経済的な基盤も整っていることから、自動車をはじめ多くの製造業がEU内外から進出し、スペイン経済の中心となってきた。しかしモロッコはスペインよりはるかに生産コストは低い。「生産拠点としての優位性がいずれモロッコに奪われていく可能性がある」との声が聞かれた。

余談だが、歴史的に見てもスペインとモロッコは関係が深く、古代からジブラルタル海峡をはさんで交流と争いが繰り返されてきた。その名残はスペイン各地に残っている。マドリッドから高速鉄道で約4時間、スペイン南部の都市、グラダナにあるアルハンブラ宮殿は、その代表例だ。9世紀から15世紀にかけて、現在のモロッコから侵入したイスラム勢力がスペインの大半を支配した時代があり、その当時のイスラム王朝が建設した宮殿だ。現在では世界遺産になっている同宮殿はイスラム風の建築様式で、内部に入ると壁面の各所には美しいモザイク模様の装飾が施されている。ちょうどモロッコからの観光客の姿があった。彼らにとって同宮殿は思い入れのある観光地のようなのだ。逆にかつてはスペインから北アフリカへの進出も活発に行われ、スペインは現在でもモロッコ側の飛び地に領土を持っている。こうした間柄にあるモロッコとスペインの経済関係が今後どのように展開していくのかにも、注目していきたい。

グラナダ市内の丘陵に立つアルハンブラ宮殿。語源はアラビア語の「赤い城」。その名の通り夕日に当たると外壁が赤く染まって見える。

アルハンブラ宮殿の内部は、イスラム様式の建築物や装飾が美しい。

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財政再建に動き出したが…

このように苦境にあえぐスペイン経済だが、財政再建の動きはギリシャなどに比べると先行している。すでに昨年までに、中道左派の前政権(社会労働党)は年金支給年齢の引き上げや労働協約の見直しなどに着手していた。ある日本企業駐在員は「中道左派の政権がこのような政策に踏み切ったのは少し意外で、政治的決断が早いと感じた。日本の政治とはだいぶ違う」と感想を漏らす。

昨年11月の総選挙で中道右派の国民党が勝利して政権が交代したが、新政権はさっそく公務員削減などに乗り出している。総選挙は財政危機が争点となったが、公務員削減など財政再建を掲げた国民党が勝利したことに示されるように、ギリシャと比べると財政再建に対する国民の理解は比較的進んでいるように見えた。この点に期待をつなぎたいところだ。

(写真はいずれも筆者撮影)

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