経済コラム「日本経済 快刀乱麻」

Vol. 4 「経済番組の舞台裏と活用方法」

(2011年07月04日)

テレビ向きの商品は多い

リーマン・ショック後の世界的経済危機は最悪期を脱したとはいえ、なお不安定な展開が続いている。企業がこのような厳しい環境を乗り越えて成長していく上で、広報、とりわけテレビ向け広報の重要性が高まっている。近年はテレビの影響力が一段と増大しており、テレビ向け広報の巧拙が企業広報全体の効果を左右するといっても過言ではない。筆者は長年、日本経済新聞とテレビ東京で経済報道に携わってきたが、本稿ではその経験をもとに、テレビの経済番組の舞台裏を紹介しながら、テレビ広報の在り方や注文などを幾つか記してみたい。

最近、本稿のテーマに関連して印象的だったのが、アップルの多機能携帯端末「iPad」だ。発売前後はどのテレビ局も、ニュース番組はもちろん情報番組やワイドショーでも大きく取り上げ、記者やレポーターが実物を手にして操作を実演して見せていた。新聞でも大きく報道されていたが、活字で読むより、テレビで見た方がわかりやすかったというのが正直な感想だ。まさにテレビにピッタリの商品で、広報効果は抜群だったといえる。

「iPad」ほどの大ヒット商品でなくとも、こうしたテレビ向きの商品は多い。ところが、せっかくいい素材でありながら、テレビではあまり取り上げられないで終わるケースも少なくないようだ。映像で見せた方が商品の特徴をわかりやすく面白く伝えられるケースは、企業の広報担当者が考える以上に多くあり、それらを通じて企業イメージのアップを図ることにもつながる。新聞ではベタ記事程度でも、テレビなら大きく扱えるネタというのは結構あるものだ。

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テレビ向け商品の“登竜門”が「トレたま」

そのような商品の“登竜門”となっているのが、テレビ東京系列「ワールドビジネスサテライト (WBS)」の名物コーナー「トレンドたまご (略称・トレたま)」。

ユニークで面白い新商品や新技術を発売前の段階で紹介するコーナーで、10年以上にわたってほぼ毎日放送している。最先端技術を身近な商品に応用したもの、独創的なアイデアで商品化に成功したもの――など、これまで放送した商品の数は3000近くにのぼる。

今では連日、多くの企業から売り込みが寄せられており、WBSグループの「トレたま箱」は各企業から送られてきた資料であふれている。その中から面白そうなものを選んで取材するわけで、放送されるのはごく一部。それだけに企業にとっては売り込み方が大事になってくる。そのコツの一端をご紹介しよう。

  • ①コーナーのコンセプトをしっかりと認識し、それに合う題材を売り込む。具体的には、映像としてわかりやすい、面白いということが必須条件。また、原則として発売前のもの(これが「たまご」の所以)。
  • ②数多くの資料に埋もれないように目立つ工夫をする。メールよりファックスの方が目立つ。ファックスの表紙に大きく「トレたま用」と明記する、写真を添付する――など。
  • ③商品の特徴や新規性などを簡潔に説明する。詳しく説明しようとして資料が多くなりすぎるのは逆効果。
  • ④テレビを意識した情報を盛り込む。映像的な観点からの商品説明や見せ方の提案なども盛り込むと効果的。

これらの点は、実は「トレたま」に限らず、さまざまなテーマやネタで経済番組に売り込む際に当てはまる基本でもある。できあがったものを売り込むだけでなく、テレビ向きのネタはないか、日ごろから社内で材料を発掘する努力も欠かせない。

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“企業もの”を扱うテレビ局側の変化

テレビ局にとっても、そうしたネタの売り込みは大歓迎だ。ここでテレビ局の事情を少し披露しよう。

かつてテレビ報道の世界では「経済は難しくてテレビになじみにくい」とか「経済では視聴率は取れない」などといわれた時代があった。その頃から筆者はWBSの番組責任者として「経済を少しでもわかりやすく伝える」「多くの人に経済の面白さをわかってもらおう」という思いで番組づくりを進めてきたが、その過程で力を入れたのが企業ニュースの強化だった。企業の身近な動きを伝えることを通じて日本経済の現状を描くことが出来るし、実は企業ものは「絵」になりやすい。

一例を挙げると、もう10数年前になるが、ある自動車メーカーの工場の生産ラインから生中継をしたことがある。深夜の工場からの生中継などテレビ史上初だったが、生産現場の生々しい様子を臨場感あふれる映像で伝えることができた。また、企業のトップをゲストに呼んで生出演してもらうことを始めたのも、その頃だ。

こうした積み重ねの結果、今では経済ニュースは身近な存在となり、テレビ局にとって経済ニュース・企業ニュースは視聴率の取れるジャンルになった。テレビ東京以外の各局も、これはという経済もの・企業ものは重点的に取り上げるなど、時には経済が視聴率競争の主戦場の一つになるほどだ。また、かつては1企業だけを取り上げる「1社もの」は避ける傾向があったが、今では視聴者の関心をひきつけられる題材であれば、NHKでさえ取り上げる頻度が増えている。

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広報担当者に望むこと

こうした変化は、企業にとってはテレビに露出する機会が増えたことになり、広報媒体としてのテレビの重要性が高まったことを意味している。それに対応して、企業はテレビ向け広報にもっと力を入れていいのではないかと思う。そこで、広報担当者に望みたい点が幾つかある。

第1は、テレビを意識した情報発信だ。前述のように、映像的に面白いものを売り込むことや、映像的な視点を盛り込んだ情報を提供するなど、テレビ媒体の特性を意識した広報にもっと力を入れてほしい。そのためには、日ごろの社内取材と材料発掘が必要なことは前述の通り。

また、改善の余地がある、と気になっているのがニュースリリースの書き方。その大半が事実上は新聞向けに書かれている印象を受けるが、もっとテレビを意識した内容を盛り込む工夫があってもよいと感じることが多い。

第2は、テレビ各局、各番組を研究すること。同じテレビでも局によって違いがあるし、番組ごとにもそれぞれ特徴がある。それらを日ごろからチェックして、どのようなネタがどの番組で取り上げられやすいか、同業他社のニュースがテレビでどのように扱われているか、などを研究することも大事で、それを念頭に置いて売り込むことは効果的だ。

第3は、テレビ局の担当者とのコミュニケーション。ごく一部の大手企業以外では、新聞の担当記者との関係に比べて、テレビ局との付き合いは薄いのが実情だろう。しかしテレビ広報の重要性を考えれば、もっとテレビ局のデスクや担当記者、ディレクターとのコミュニケーションを深めてもよいのではないだろうか。

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テレビ重視の広報戦略の確立が重要

以上のことを実行していくには、広報担当者レベルの努力だけではなく、企業としてテレビ重視の広報戦略を確立することが何よりも重要だ。新聞向けと違って、テレビというとまだまだ受け身の対応になりがちのようだが、積極的にテレビを活用するという発想を持ってほしい。

「自動車、家電などの消費財メーカーや小売りと違って、ウチは直接消費者に接する業種ではないので、そこまでやらなくても……」と考えている企業が多いかもしれないが、商品広報だけでなくIRや企業ブランディングなどの観点も含めて、テレビ広報を戦略的に強化することが重要だ。

 その一環として、企業トップのテレビ出演を薦めたい。新聞記者のインタビューには応じても、テレビの取材というと身構えたり尻込みする経営者はまだ多いが、トップがテレビに出演することの広報効果は絶大なのだ。米国では経済専門チャンネル「CNBC」に企業トップが毎日のように生出演しており、出演依頼がいつあってもすぐに出演できるように、自社内に自前で中継設備を作っている企業が多い。それほど米国企業はテレビ広報を重視している。米国並みとまでいかなくとも、トップのテレビ出演は消費者や投資家に幅広くメッセージを伝えることで説得力が増し、企業イメージの向上にもつながるのである。

ここ数年、企業の不祥事が相次ぎ、企業に対する社会的な批判が高まった。メディアの一部には企業たたきに走る傾向も見られた。加えて今回の不況や格差問題などをめぐって、「企業=加害者、個人=被害者」であるかのような図式からの議論も少なくない。

こうした中では企業は防衛的な姿勢になりがちだが、逆にそうだからこそ積極的に広報に取り組むことが重要になってくる。企業の正しい姿を知ってもらい理解を広げることは、個別企業にとってプラスになるだけでなく、日本経済の健全な発展のためにも必要なことだと考えている。そのための「攻めの広報」をぜひ期待したい。テレビ広報はその中心となり得るものだ。

*本稿は、財団法人・経済広報センター発行『経済広報』(2010年7月号)に掲載されたものです。
http://www.kkc.or.jp/pub/period/keizaikoho/pdf/201007.pdf

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