経済コラム「日本経済 快刀乱麻」

Vol. 9 「現地に見る欧州経済危機(1)~意外に明るかったギリシャだが…」

(2012年1月19日)

年明け早々、欧州情勢が緊迫している。米大手格付け会社のS&P(スタンダード・アンド・プアーズ)が1月13日、フランス、イタリア、スペインなど欧州9カ国の国債格下げを発表し、欧米の市場に再び動揺が走った。同じ日、アテネではギリシャ政府と民間銀行代表との間で行われていた債務減免交渉が物別れとなり、欧州にとっては嫌な「13日の金曜日」となった。こうした動きを受けてユーロ安も進んでいる。すでに昨年の取引最終日の12月30日、ユーロは10年半ぶりに1ユーロ=100円を割り込んだが、年が明けてユーロ安は加速し、97円台までユーロ安・円高が進んでいる(1月13日現在)。多くのエコノミストが「欧州経済危機が2012年の最大の懸念材料」と予想していたが、早くもそれが現実になりつつある。

意外に明るかった街角の光景――しかし危機の影響じわり

昨年末、その欧州、ドイツ、ギリシャ、スペインの3カ国を駆け足で取材してきた。今回の取材で少し意外だったのは、経済危機が深刻なはずのギリシャが思ったより明るかったことだ。アテネの繁華街は華やかなイルミネーションで飾られ、夜遅くまで多くの人で賑わっていた。昨年10~11月、増税と合理化策に反対するデモ隊と警官隊が激しく衝突するニュース映像がテレビでたびたび報道されていたが、衝突劇が繰り広げられたシンタグマ広場を訪れると、にぎやかなイベントが開かれ、すっかり平穏を取り戻していた。同広場につながる商店街や隣接するデパートも買い物客で混雑していたし、観光客の姿も目立った。クリスマス直前という季節的な要因を差し引いても、経済危機の渦中にあるとは思えないような明るい光景だった。

買い物客でにぎわうアテネの中心街・エルムー通り

街中に溢れていると伝えられていたゴミもなく、ホームレスの姿も見かけなかった。聞けば、ギリシャにはホームレスはいないのだそうだ。ギリシャの失業率は約16%、若年層(15~24歳)だと42%という驚異的な高さだが、ギリシャでは今でも家族主義が強く残っているため、家族で抱えて面倒を見るそうだ。これはギリシャに限らず、イタリアやスペインなど南欧に見られる傾向で、こうした社会風土がかろうじて経済の崩壊を支えているといえるのかもしれない。

昨年のデモの“傷跡”――デモ隊によって剥ぎ取られた大理石の柱や敷石がそのままになっていた(アテネ・シンタグマ広場)

こうして意外な明るさも見えたギリシャだが、しかしよく観察すると、やはり経済危機の深刻さが垣間見えた。アテネ市内では、建設の途中で資金が続かなくなり工事が中断したままのビルや、店じまいした店舗などをいくつか見かけた。人出は多くても、実際の買い物には慎重になっているそうで、地元の経済関係者によると「みんな生活をワンランク落としており、消費は目に見えて落ちている」という。

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ギリシャ国民の根強い不満

資金難となり建設工事が中断したままのビル(アテネ市内)

経済危機の影響はギリシャの国民生活にじわじわと及んでいる。今回の取材で多く耳にしたのは、固定資産税に対する不満。これはギリシャ政府がIMF(国際通貨基金)やEU(欧州連合)から財政支援を得る見返りとして昨年9月に導入したもので、不動産の所有者を対象に2011年と2012年の2年間にわたり臨時に徴収する。財政赤字を20億ユーロ(日本円で約2000億円)減らすことが目的で、導入の際は反対運動が起きたが、その後決定され、すでに実施に移されている。アテネ市内のある主婦は「ウチは100㎡弱で、1年分の税額が400ユーロ(約4万円)。10月ごろに通知が来て、年内に支払わなければならないので、予定外の急な出費になって大変」という。賃金や物価水準の差を考慮すると、日本だと6~7万円というところだろうか。確かにかなりの負担増である。しかも「電気代に上乗せして一緒に請求されるので、払わないわけにはいかない。払わなければ電気を止められる」そうだ。

たまたま乗り合わせたタクシーの運転手は「今の仕事を30年やっているが、観光客も減って景気は悪い。妻は2年前に失業して以来、ずっと仕事がない。そもそもユーロに加盟してから物価が上がり、いい事はなかった。」と、まくし立てていた。一時のような激しいデモは収まっているものの、国民の不満はなお根強いことを、今回の取材で実感させられた。

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ギリシャの経済活性化が不可欠

このような不満や批判はギリシャ政府だけでなく、EU全体、あるいはEUを主導するドイツにも向けられる。EUなどが合理化を押し付けて自分たちに犠牲を強いていると受け取っているのだ。逆にドイツではギリシャに自助努力が足りないと批判する声が圧倒的だった。この溝を埋めることは簡単ではなさそうだ。

オリーブ栽培はギリシャの主力産業――収穫作業に筆者も飛び入り参加(アテネ郊外)

こうした現状を見ると、財政再建の前途はなお険しいものがある。ギリシャの財政再建策は歳出削減と増税が柱となっているが、それだけではギリシャ経済が縮小均衡に陥ってしまいかねない。経済そのものを活性化させる成長戦略が必要なのだが、もともと観光と農業が中心産業のギリシャにとって、それは容易ではない。

実はギリシャにはもう一つ、主力産業と呼べるものに海運業がある。アジアや中東からスエズ運河を経由して欧州各地に向かう船舶の寄港基地として海運業が発達していた。しかし港湾業務が非効率なことなどから、ギリシャの海運は敬遠されるようになり、今ではかつてのような勢いはない。

ギリシャ経済にとって、この「非効率」を改善することが重要な課題なのだ。今回の危機で問題視されている公務員の多さも、「非効率」の一つ。そうした非効率な経済構造を改革し、民間経済を活性化させることができるかどうかがギリシャ経済回復の鍵を握っている。

(写真はいずれも筆者撮影)

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