Vol. 26 アベノミクスとメディア報道
(2013年4月2日)
もはや「期待感」のレベルではない
デフレ脱却と経済再生を掲げるアベノミクスへの期待が高まっている。これが期待だけで終わらずに本当に実現できるかが問題だ。メディア報道の中には批判や懸念の声も少なくないが、政策遂行面でつまずきさえしなければ、実現の可能性は大いにあると見ている。
アベノミクスへの期待が最も強く表れているのが株式市場だ。日経平均株価は2月6日に1万1463円となり、ついにリーマン・ショック後の最高値をつけた。衆院解散が決まった昨年11月中旬からの上昇率は30%以上に達している。週間単位で見ると、2月1日までの週で12週間連続の上昇で、これは実に54年ぶりのことだ。メディアは「アベノミクスへの期待感」と書いているが、もはや「期待感」のレベルを超えている。
デフレ脱却を読み始めた株価
日本の株価は特にここ数年、リーマン・ショックや欧州経済危機などの影響で大きく下げたとの印象が強い。しかし米国や英国、ドイツなどの株価はとっくにリーマン・ショック前の水準を大きく上回り、先進国では日本株だけが取り残されていた。ということは日本株低迷の主な原因は日本自身にあったのだ。デフレである。したがって安倍政権がデフレ脱却という明確な方針を掲げて動き出したことが、株式相場の流れを転換させたのである。市場はデフレ脱却の実現の可能性を読み始めている。
株価の上昇は資産効果や心理面を通じて実体経済に影響を及ぼす。実際、今年に入って発表された各種の経済指標は景気の底入れを示すものが増えている。今のところまだ本格的とはいえないが、今後アベノミクスの効果が実体経済にも表れ始めるであろう。
デフレ脱却と円安
株高と同時に円安も進んでいる。その最大の要因は、アベノミクスの「第1の矢」である金融緩和だが、実はそこには重要な意味がある。これについては為替相場と物価の関係に立ち戻らねばならない。
これまでの円高がデフレ圧力となり日本経済を苦しめてきたことは誰しもが認めるところだが、そのデフレがさらなる円高の原因となっていたことはあまり議論されていない。これは、経済の基本に立ち返れば至極当然のことだ。物価が下がることは貨幣の価値が上昇することであり、物価が上がれば貨幣の価値は下落する。つまりデフレの国の通貨である日本円は上昇するわけだ。現実の為替相場は様々な要因で決まるので、常にこの通りになるわけでないが、少なくともデフレが続く限りこのように円高圧力が働き続けることを意味している。
逆にデフレ脱却は円高是正につながることになる。最近の円安はそれを読んでいるもので、一時的な動きではないと見ている。アベノミクスが円高相場を終わらせたともいえる。
このように日本経済はデフレ脱却に向けて動き出した。アベノミクスの特徴は「デフレ脱却と経済再生」という政策目標と、その実現のための戦略を明確に示していることだ。その戦略とは、大胆な金融緩和、積極的な財政政策、そして成長戦略という「3本の矢」。さっそく日銀との共同声明で物価目標2%と金融緩和の「第1の矢」、2012年度補正予算と2013年度予算で「第2の矢」を放ち、「第3の矢」についても産業競争力会議の発足などで具体化に動き出した。
アベノミクスとメディア報道
メディア報道では金融緩和をめぐる動きが大きく扱われている。金融緩和が従来とは違う段階に踏み込んだことは評価すべきだが、それでも金融緩和だけでデフレから脱却することは難しい。財政政策にも限界がある。何といっても経済の成長力を高める必要があり、それを「第3の矢」として掲げたことはきわめて重要な点だ。まさに毛利元就の教えのごとく3本の矢が合わさって力を発揮する――その明確な政策目標と戦略、それについてのわかりやすいメッセージの発信、そして早いスタートダッシュなどが、国民の期待を一段と高めている。
メディアも連日、アベノミクスを大きく取り上げており、そのこと自体も国民の関心と期待を高める効果を生み出している。ある新聞記事検索サービスで「アベノミクス」をキーワードに検索してみたところ(全国紙5紙=読売、朝日、毎日、日経、産経を対象)、今回「アベノミクス」という言葉が初めて使われたのは昨年11月26日付けの日本経済新聞だったようだ。総選挙の投票日(昨年12月17日)以前はその記事を含めて3件にとどまっていたが、今年に入ってから日を追うごとに増加し、合計で540件にのぼっている(2月11日現在)。今やメディアで「アベノミクス」という言葉を聞かない日はない。
面白いことに、安倍首相あるいは政府自身は「アベノミクス」という言葉を公式にはあまり使っていないようだ。むしろメディア主導で広がった造語と言えそうで、取り上げ方もどちらかといえば前向きな評価が多いように感じる。だがその一方で、メディ報道の中にはアベノミクスへの批判的な論調も少なくない。その主な内容は以下のようなものに大別できる。
・強力な金融緩和はインフレにつながる恐れがある。
・日銀への金融緩和圧力は日銀の独立性を侵すものだ。
・物価だけ上昇しても賃金が増えない恐れがある。
・積極的な財政政策は財政赤字を拡大させ、財政破綻を招く
・公共事業の拡大は選挙目当て。古い自民党の復活だ。 etc.
たしかに日銀の独立性には配慮が必要だし、財政出動には財政赤字拡大の不安もつきまとう。インフレの恐れもないとは言えない。しかしそれらはアベノミクスを具体化していく過程で解決、または配慮できる事柄であり、「デフレ脱却と経済再生」の大方針と「3本の矢」戦略そのものが否定されるべきものではない。現実に経済は改善の方向に向かっている。
アベノミクスの課題
もちろん課題はある。安倍政権はそうした懸念を払拭する努力が必要だが、特に財政再建の明確な方針と計画を示すことが重要だ。国債発行抑制や歳出削減、プライマリーバランス黒字化などの道筋を早い時期に明確にして、市場と国民に安心感を与える必要がある。
もう一つの課題は、「第3の矢」である成長戦略の具体化だ。3本の矢の中でも最大のポイントで、これこそがアベノミクスの成否を左右するものだ。日本企業を苦しめている「六重苦」から解放し、企業が本来の力を発揮できるような環境を作ることが何よりも重要で、特に法人税の思い切った引き下げ、イノベーション、グローバル化などが課題。そのためには規制改革や制度改革が不可欠だ。具体策をまとめる産業競争力会議での議論に期待したい。
これらの課題についてメディアの側も建設的な提言・提案をもっと行うべきだ。日本経済がデフレから脱却して再生するためには何が必要か、前向きの議論を闘わせることが今の時代のメディアの使命でもあると思う。
*本稿は、一般財団法人・経済広報センター発行の『経済広報』2013年3月号(3月1日発行)に掲載された原稿を転載したものです。
http://www.kkc.or.jp/pub/period/keizaikoho/pdf/201303.pdf