経済コラム「日本経済 快刀乱麻」

Vol. 28 株価急落でどうなるアベノミクス

(2013年6月20日)

株価下落に3つの要因
~上昇の反動、成長戦略、米国の量的緩和縮小~

5月下旬に株価の急落が始まり、その後も不安定な相場が続いている。これまでアベノミクスを背景として株価上昇が続いていただけに、「アベノミクスは失敗だった」「株価上昇は一時的なバブルに過ぎなかった」といったメディアの論調が目立つ。ムードとしてはそうした見方に流されがちだが、果たして本当にそうだろうか。ここは冷静に見る必要がある。

まず今回の株価急落の原因を見てみよう。それは3つに整理できる。

第1は、この間の急激な株価上昇への反動だ。いわゆるアベノミクス相場が始まる直前の昨年11月13日に8661円だった日経平均株価は、今年5月22日には1万5627円をつけた。この株価上昇率は実に80%、つまり半年間で株価は1.8倍になったのだ。これほどの上昇は過去にほとんど例が無い。しかも連日、大商いが続き、調整らしい調整もなく1本調子で株価が上昇してきた。上昇の勢いが大きかった分、反動もまた大きくなってしまった。

株価下落は為替相場にも影響した。これまで株高と円安がセットで進行してきたため、株価下落と同時に円高に戻り、それがまた株価下落を加速する動きとなっている。

第2は、アベノミクスの「第3の矢」である成長戦略が期待はずれと受け取られたこと。安倍首相は4月19日の成長戦略第1弾、5月17日の第2弾に続いて、6月5日に第3弾を発表し、それらをまとめて14日に成長戦略全体を閣議決定した。市場の一部には法人税引き下げなどの対策が盛り込まれるとの期待があったが、結局それは盛り込まれなかった。メディアは「小技の寄せ集め」「具体性が無い」などと批判し、それに対する失望感から株価が下落したと報じた。この第一の原因と第二の原因が、アベノミクス失敗論のムードを広げることにもなっていると言えるだろう。

第3は、米国発の要因だ。米国はリーマン・ショック後の不況や欧州経済危機による影響を食い止めるため、3度にわたる量的金融緩和を実施し、現在その3度目の量的緩和を実施中。その効果もあって景気は堅調に推移し株価も史上最高値を更新するようになったことから、量的緩和の縮小論が浮上した。米国の株高は量的緩和にささえられてきた面が大きいので、その縮小論は株価下落につながり、日本にも及んでいるのである。

ページトップへ

株価調整は終盤へ~経験則では20%下落が目安~

それでは、この3つの要因は今後どのように影響するのだろうか。

第1の点、株価上昇への反動による急落という局面はそろそろ終盤を迎えていると見ている。急落直前の高値である1万5627円(5月22日)から、直近の安値1万2455円(6月13日)までの下落幅は3172円に達した。率にして20%(図表1)。過去の相場の経験則からみて、この下落率は調整局面の終了を示唆している。

今回と同じように、景気が回復していた局面で株価が大幅に下落したケースを見ると、例えば1987年10月のブラックマンデーでは約3週間後に21%下落して底を打った。その後いったん持ち直したあと、2ヶ月余り後の88年1月4日に2番底をつけ、その後は89年末の史上最高値に向かって一直線に上昇していった(図表2)。

また郵政解散(2005年8月)後の相場では2006年4月に高値(1万7563円)をつけた後、6月に1万4218円まで下げた。下落率は19%。その後は再び上昇に転じ、翌2007年7月には1万8000円台の高値をつけている(図表3)。

こうしてみると、今回もほぼ調整は終わりに近づいていると思われる。その他のさまざまなテクニカル指標も同様だ。

では第2の要因はどうか。たしかに成長戦略は十分なものとは言えない。私もかねて主張してきた法人税の引き下げは見送られたし、規制改革も切り込み不足である。その点については不十分といわざるを得ないが、これまで明確な成長戦略がなかったことから考えれば大きな前進であることは間違いない。この点を過小評価すべきでない。あるテレビ番組で、民主党政権時代に作られていた成長戦略と同列視して批判している意見を耳にしたが、民主党政権時代のものは「成長戦略」と名づけられた文書に過ぎず、アベノミクスの成長戦略とは質的に異なっている。一部メディアの論調はやや「批判のための批判」となっている印象がある。

それは成長戦略についてだけでなく、アベノミクス全体にも言えることだ。金融緩和も含めて、安倍政権の政策によってすでに実体経済も好転し始めている事実を過小評価すべきでない。消費や生産などの指標はいずれも今年に入って回復傾向をたどっている。この間の株価下落の影響で当面は多少の足踏みがあるかもしれないが、昨年までの水準に逆戻りするとは考えにくい。今後は金融緩和の効果や成長戦略の具体化などを通じて、さらにアベノミクス効果が実体経済に浸透していく可能性がある。

ページトップへ

世界に波紋広げる米国の量的緩和縮小懸念

問題は第3の要因、米国の量的緩和縮小論だ。日本発ではないため、3つの株価下落要因の中でこれが最も厄介だといえる。量的緩和縮小論は世界的にも波紋を広げており、日本だけでなく欧州や新興国の株価も変調をきたしている。

だが実はその中で、米国の株式市場ではやや不思議な現象が起きていた。5月末から6月はじめにかけて、消費マインドを示す指数や住宅価格の指数などが良い数字だったのを受けて、景気好調→量的緩和縮小という観測が強まり、株価が下げる場面があったのだ。

しかしよく考えてみれば、量的緩和縮小の議論が出てくるのは、米国の景気が良いからであり、本来はプラス材料なのである。にもかかわらず逆の現象が起きたことは「量的緩和縮小」への過剰反応といえるだろう。それに緩和を縮小するとしても、今すぐ急に実施するわけではない。早くても今年秋以降のことであり、しかも段階的に実施していく見込みだ。こうしたことを織り込んで市場が冷静さを取り戻せば、やがて株価の下落要因としては消えていくことになるだろう。

こうしてみると、株価下落の3つの要因はいずれも短期的な動きにとどまるものと言える。もちろんまだしばらくは不安定な展開が続くだろうし、場合によってはもう一段の下落があるかもしれない。だが中長期的にはアベノミクスの効果は浸透していき、株価も再び上昇軌道に乗っていく可能性が高いと見ている。アベノミクス相場の「第1幕」は終わったが、それはアベノミクスそのものの終わりを意味しない。

ページトップへ

アベノミクス「第2幕」へ4つの課題
~財政再建、法人税引き下げなど~

ただ「第2幕」に向けては課題があることも、また確かである。4つの点を指摘したい。

第1は、金利安定を図ること。この間の株価下落には金利上昇への懸念もからんでいる。日銀は4月に「異次元の金融緩和策」を決定したが、その後は逆に金利が上昇し、市場が不安定になっている。したがって金利上昇を防ぎ市場の不安を和らげる工夫と努力に力を注ぐ必要がある。これはアベノミクス・第1の矢に関連する課題だ。

第2は、財政再建の道筋をもっと明確にすること。政府は6月14日に成長戦略と同時に「骨太の方針」を決定し、その中でプライマリーバランス(基礎的財政収支)の赤字比率(対GDP比)を2015年度までに半減させ、2020年度までに黒字に転換させる目標を決めた。それは評価できるが、そのための道筋が明確でない。社会保障費の削減や社会保障制度の見直し、公務員改革など、痛みを伴う改革に切り込めるか、アベノミクス・第2の矢と裏腹の課題でもある。

そして第3は、やはり成長戦略だ。前述のように過小評価や「批判のための批判」は適切ではないが、十分な内容といえないことも事実だ。特に法人税引き下げは日本企業の国際競争力を取り戻す上で不可欠だ。一見、上記の第2の課題と矛盾するようだが、むしろ法人税引き下げによって企業の競争力が高まれば税収増につながるのである。また経済活性化のためには、もっと大胆な規制改革も必要だ。安倍首相は秋に成長戦略第2弾を打ち出す考えを示しているが、その内容が試金石となるだろう。

最後に第4は、アベノミクスについてもっと丁寧に説明していくことが必要だ。政策の内容やその効果などについて国民の理解が十分に進んでいるとは言えず、素朴な疑問や懸念があるのは事実。それにこたえ努力が重要であることを強調しておきたい。それがまたアベノミクスの効果を高めることにもつながるのである。

*本稿は、株式会社ペルソンのHPに掲載したコラム原稿(6月20日付け)を一部加筆修正したものです。

ページトップへ