Vol. 51 ミツカンの買収劇に見る地方老舗企業の知恵
(2014年7月2日)
やや時間が経ってしまいましたが、ポン酢などで知られるミツカンホールディングスが5月、欧州の食品大手、ユニリーバからパスタソース事業を約2200億円で買収すると発表しました。このニュースには2つの意味で驚かされました。
第1の驚きは、食品メーカーのM&Aラッシュがここまで来たかという実感です。最近の食品メーカーのM&Aはすさまじいものがあります。ここ数年、アサヒグループホールディングス、キリンホールディングス、サントリーホールディングスのビール3社は国内外の食品メーカーを矢継ぎ早に買収しており、中でもサントリーは今年に入り、米蒸留酒大手ビーム社を160億㌦(約1兆6000億円)もの巨額で買収し、世界中を驚かせたばかりです。
この背景にあるのは、少子高齢化・人口減少によって国内食品市場の縮小が始まっていることです。食品各社は国内では成長を見込めないとしてグローバル市場に乗り出していこうというわけです。上記3社だけでなく、多くの食品メーカーも負けじとばかりに相次いで海外企業の買収に動いています。
ただこれまで、そのような動きは大手が中心でした。今回のミツカンの買収は、それが地方の中堅企業にまで及んできたことを示しています。ミツカンを中堅と言っては失礼かもしれませんが、年間売上高1600億円(ミツカングループ)という規模は、食品業界のトップ企業と比べればかなりの開きがありますし、ミツカンにとって買収金額2200億円はとてつもない買収だということがわかるでしょう。
第2の驚きは、ミツカンは愛知県半田市に本社を置く地方の老舗企業だということです。創業は江戸時代後期の1804年、創業者の中野又左衛門が酒粕酢醸造に成功して以来、歴代の当主・社長8人が中野(中埜)又左衛(エ)門を襲名するという同族経営によって、210年の歴史と伝統を守ってきました。そんな社風のミツカンが大胆なM&Aに打って出たのですから、驚かずにはいられません。それほどに、少子高齢化・人口減少による国内市場縮小への危機感が強いことを表しています。
実は、ミツカンには今回のM&Aの伏線となる動きがありました。今年3月、正式の社名をアルファベット表記の「Mizkan Holdings」に変更、5月には初めて創業家以外からの社長が誕生しました。グローバル化に明確に舵を切ったわけです。M&Aはまさにその戦略の柱となるものなのです。
このように地方の老舗企業が歴史と伝統を守りながらも、変貌を遂げて成長を続けるケースは多くあります。ミツカンが本社を置く愛知県と言えば、だれでも知っているように県内にはトヨタ自動車の本社があり自動車関連企業が数多く立地していますが、意外なことに老舗企業が多い県でもあります。
帝国データバンクの調査によると、創立から100年以上の「長寿企業」は愛知県内で1349社あり、その数は全国で3位だそうです(2013年)。これも意外なことに京都府(1139社)より多いのです。
愛知県で最も歴史が古いのが、創業1337年の「まるや八丁味噌」(岡崎市)。八丁味噌と言えば今や愛知県産味噌の代名詞のようになっていますが、創業以来677年間にわたって伝統的な製法を守ってきました。原料は大豆と食塩と水だけ、もちろん添加物を一切使用せず、時間をかけてじっくり寝かせて味噌を作る、その姿勢は頑なまでに徹底したものでした。
しかし単に伝統を守ってきただけではありません。同社の前の旧東海道をはさんだ向かいにライバルの「八丁味噌」(通称・カクキュー)があります。こちらも創業が1645年、やはり岡崎を代表する老舗企業です。製法も同じです。そのためこの2社はお互いに競い合いながら品質を高め合ってきました。海外への輸出や普及活動など新しいチャレンジにも取り組んできました。こうした競争があったからこそ、老舗企業が今日まで生き残ってくることができたと言えるでしょう。
岡崎市は徳川家康の出身地でもあります。そのおかげで江戸時代には幕府から様々な保護や優遇があったようで、その恩恵もあってか、愛知県の中でも老舗企業の多い町です。岡崎商工会議所はこうした土地柄を生かして、地元企業のモノづくりを強化するため、県内の大学や公共研究機関などとも連携して企業への技術支援や企業同士の交流などの活動を展開しています。
このように、地方には歴史に根ざした蓄積や技術力を持つ企業が少なくありません。伝統を守りながらも、時代の変化に対応して成長を持続させていく知恵が、そこに詰まっているような気がします。それは多くの企業にとってもヒントになるのではないでしょうか。
*本稿は、株式会社Fanetが運営する資産運用応援サイト「Fanet Money Life」に掲載した原稿を加筆修正したものです。