歴史コラム「歴史から学ぶ日本経済」

Vol. 13 「浮世絵から見える日本の底力」

(2014年12月26日)

もうずいぶんと時間が経ってしまいましたが、上野の森美術館で11月上旬まで「ボストン美術館 浮世絵名品展 北斎」が開かれていました。同展はボストン美術館が多数所蔵している浮世絵の中から葛飾北斎の名品約140点を選んで展示していたものでしたが、有名な富嶽三十六景の「凱風快晴(いわゆる「赤富士」)や「神奈川沖浪裏」などをはじめ、北斎の作品がずらりと並んで展示されていました。

「神奈川沖浪裏」は、ぐるっと巻き上げて上から落ちてくるような大きな波が描かれ、その波間に船が浮かぶという躍動感あふれる絵で、その浪間にから遠方に富士山が見える壮大な構図で描かれています。色彩も鮮やかな青と白のコントラストなど、一度見たら目に焼き付く美しい浮世絵で、ほとんどの人は教科書などで目にしたことがあると思います。

私は美術は全くの素人ですが、印象的な構図や繊細な線の数々、絶妙な色彩など、どの作品を見ても素晴らしいものばかりでした。展示された作品はこれまでほとんど公開されたことがないそうで、保存状態がきわめて良いことにもびっくりしました。

同展では浮世絵の制作過程も紹介していましたが、その繊細さにも驚かされます。1枚の作品を作るのに、まず浮世絵師が下絵を描き、それをもとに彫師が小刀で版木を彫っていくのですが、小刀の先端は1枚の紙より薄く研がれ、彫る部分によって刀先に異なる角度をつけていくのだそうです。絵師の描く作品そのものもさることながら、彫師の技術が作品の出来を左右するわけです。

次に彫り終わった版木に色を付ける作業ですが、馬連(ばれん)と呼ばれる刷り道具を使って、色の違う箇所ごとに刷りを繰り返すのです。「赤富士」の場合で、7回の刷り行程があるそうです。

このように、非常に繊細で気の遠くなるような作業を繰り返して一つの作品が出来上がるわけで、それは絵師、彫師、刷り師が分業と協業によって成り立っているのです。まさに職人技の極致です。日本人が遠い昔の江戸時代にこれほどの作品を残してくれたことに感動を覚えるとともに、何か誇らしい気持ちになります。これこそが、ニッポンのモノづくり精神の原点と言えるのではないでしょうか。浮世絵を見ていると、日本の底力が見えてくる気がします。

ところが、その浮世絵の数多くの作品は幕末から明治にかけて海外に流出してしまいました。ボストン美術館が今回公開した北斎の作品群もそうしたものの一部です。ボストン美術館は北斎作品をはじめ日本の浮世絵を数多く所蔵していることで知られていますが、海外の多くの美術館も相当な浮世絵を所蔵しています。

そしてよく知られているように、海外に流出した浮世絵がヨーロッパの印象派などの画家に多大な影響を与えました。ゴッホは歌川広重の「名所江戸百景」を模写していますし、モネは自分の妻に和服を着せて描いた作品「ラ・ジャポネーズ」を発表しています。もう10数年前になりますが、ボストン美術館でこの絵を見た時の鮮烈な印象は今でも忘れられません。モネはアトリエの庭を日本庭園風にして連作「睡蓮」を描いたほど日本に惚れ込んでいました。

画家だけではありませんでした。19世紀後半~20世紀初めに活躍したフランスの作曲家、ドビュッシーは前述の北斎の「神奈川沖浪裏」をヒントにして、交響詩「海」を作曲したと言われています。これについては諸説あるようですが、「海」は彼の代表作の一つであり、そのスコアの表紙に「「神奈川沖浪裏」が使われたのは事実です。

当時のこうした日本ブームは「ジャポニズム」と呼ばれています。もの珍しさもあったのでしょうが、日本文化が高く評価されたのでした。いわば「元祖・クールジャパン」といったところですが、現在は「第二のジャポニズム」の時代と言えるように思います。最近、日本の文化や伝統工芸品、それを支える技術力、さらには「おもてなし」などきめの細かいサービスなどに対して海外の関心と評価が急速に高まっています。訪日外国人が急増しているのも、そうしたことが背景にあるからです。

これは日本経済にとって大きなチャンスです。近年はグローバル化で後れを取ったかに見える日本ですが、「第二のジャポニズム」をうまくとらえて日本製品やサービスを海外に広げ、日本経済の復活につなげることが必要です。

先日、イギリスを訪れた際、大英博物館に寄ってみましたが、その一角に「日本ギャラリー」があり、日本の浮世絵や武具、美術品などが展示されていました。そこは三菱商事がスポンサーになっているとのことで、ほかにも何社かの日本企業の名前もありました。私もささやかな寄付をしてきましたが、日本人はこうしたことにもっと自信を持っていいと思いますし、さらに多くの日本企業や日本人が海外での日本文化の普及に取り組むことが日本のグローバル化と経済復活につながることになると思います。

*本稿は、株式会社ペルソンのHPに掲載したコラム原稿(2014年12月5日付け)を大幅に加筆修正したものです。

ページトップへ