経済コラム「日本経済 快刀乱麻」

Vol. 63 米ナスダックも15年ぶり高値
~2000年当時と今~

(2015年3月26日)

日経平均株価が15年ぶりの高値を更新して2万円の大台に迫っていますが、米国でも株価が最高値近い水準で推移しています。代表的な指数であるダウ平均もさることながら、IT企業などが多く上場しているナスダックの動きも注目です。ナスダック市場の動きを示すナスダック総合指数は3月2日、15年ぶりに5000㌽の大台を回復しました。その後は5000を割りましたが、3月20日に再び5000㌽に乗せ、2000年3月につけた最高値(5048㌽)にあと1歩まで迫っています。ちょうど日本の日経平均が同じく15年ぶりの高値ですので、日米の株価が歩調を合わせたかのようです。

15年前の2000年と言えばITバブルのまっ只中にあり、ナスダックはその“総本山”のような存在でした。1998年の10月に1500㌽を一時割り込んでいたナスダック総合指数は、同年11月末には2000を回復し、その後1999年11月に3000、同年12月末には4000と一気に駆け上がり、2000年3月に5048の最高値をつけたのでした。

ナスダックの快進撃が始まる少し前の1998年夏、テレビ東京に勤務していた私は新しい経済ニュース番組「モーニングサテライト」の立ち上げのためニューヨークに赴任したのですが、当時の米国は史上最長の景気を謳歌しており、バブル期の日本を思い出させる雰囲気がありました。しかし当時の日本は前年から金融破たんが相次いで不況のどん底でしたので、日米のあまりの差に愕然としたのをよく覚えています。

特にナスダック市場の鼻息は荒く、ニューヨーク証券取引所をしのぐほどの勢いでした。ウォール街にあるニューヨーク証券取引所に対抗して、タイムズスクエアのど真ん中にマーケットサイトを構え、その目立つ外観もあいまって注目される存在となっていました(今ではすっかりおなじみですが)。有力なIT企業が続々とナスダックに上場し投資家の人気を集め、株式市場全体の中でもナスダックの方がメインになったような雰囲気もありました

メディアもナスダック情報に力を入れるようになったため、私たちもニューヨーク証券取引所と並行してナスダックからの中継も始めました。米国の各テレビ局との間で中継ポイントの争奪戦が激しくなり、「米のテレビ局に負けるな」とスタッフを励ましたことも、今ではいい思い出です。

それぐらい、当時の米国はITがブームでした。それが日本に及んだことは、皆さんもよくご存じの通りです。しかしそれは結局「バブル」でした。ナスダック総合指数が5000㌽台に乗せていたのはわずか2日だけで、あっという間に急落して行きました。最高値をつけた1カ月後の2000年4月12日には4000㌽割れとなり、同年11月には3000㌽割れ、翌2001年3月には2000㌽をも割り込んでいました。最高値からわずか1年間で下落率は60%以上に達した計算です。

ITブームが日本のバブル期と似ていたとすれば、その後の株価急落はまさに日本のバブル崩壊と同じでした。

では今の株価上昇もバブルなのかと言えば、まったくそうではありません。IT革命の進展ぶりは当時に比べて格段に広がっており、その影響はIT産業という枠を超えて米国の経済全体に及んでいます。新しい産業やサービスを生み、新しい雇用を増やしており、経済構造や社会のあり方そのものを変えています。ITバブルは崩壊しても、IT革命は進化し続けているのです。こうした構造変化が根底にあるからこそ、米国の景気も長続きしているのです。IT革命は世界に広がり世界経済をけん引し続けています。

最近は、これまでの上昇が急ピッチだったため、株価はやや足踏み気味です。今後は景気の先行きに懸念が生じたり、FRBの金融政策によって市場が揺れる場面も予想されます。しかし前述のような視点で米国経済をとらえるなら、大きな流れとして景気持続は長期化し株価上昇が続く可能性は高いと見ています。

*本稿は、ストックボイスHPのコラムに掲載した原稿(3月6日付け)を一部加筆修正したものです。

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